場面緘黙症をもっと知ってほしい

しんママ☆りんごの離婚体験記8

2019/08/11
 
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わけあって離婚。40代半ばでシングルマザーになりました。 未成年の子供が3人。育ち盛り、食べ盛りで家計は火の車! パートの収入8万円では、全く足らず。。。 何とかなるの?これからどうするの?と思い、 誰かに報告、連絡、相談の【ほうれんそう】をしたくて、ブログをはじめました。 よろしくお願いいたします。

前回のお話

 

 

 

このように、私vs元旦那家族の構図は子どもたちにも恐らくわかっていたのではないかと思います。

 

 

一番下の子と一番上の子が元旦那の実家に行かなくなりました。

 

 

真ん中の子は、お小遣いや好きなものがもらえるので元旦那について実家に行っていました。

 

 

 

夫婦の雰囲気が悪いので、子どもたちは私にべったりになってきました。

 

 

もともとみんなママっ子だったのがさらにママっ子になったのです。

 

 

 

おかげで家の中では元旦那vs私と子どもたちになりました。

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学校に行けなくなる子ども

 

ある日、緘黙っ子が熱を出し、学校を休みました。

 

 

 

冬場だったので、風邪をひいたのだろうと思っていたら、次の日も、その次の日も、その次の日も。。。

 

 

熱が下がらず、ひどい頭痛で学校へ行けなくなりました。

 

 

 

 

病院でインフルエンザの検査をしても結果はマイナス

 

 

 

一週間熱が下がらなくなると食欲もなくなってきました。

 

 

体力がなくなるので、なかなか起き上がれません。

 

 

 

担任から「不登校なのでは?」と心配の電話や家庭訪問が。。。

 

 

 

 

病院に行ってそれを伝えると、医師からは「熱が出てるのに、精神的な不登校と決めつけるのはよくない!隠れた病気があったらどうするのか?」と言われました。

 

 

 

たしかにそうです。

 

 

頭痛がひどく立ち上がることもできず、熱も37度後半。

 

 

精神的な不登校と決めつけられません。

 

 

 

 

頭痛がひどいので脳神経外科にも行ってMRIの検査を受けました。

 

 

結果は問題なし

 

 

 

 

2週間目に入り再度インフルエンザの検査。

 

 

結果はやはりマイナス

 

 

他にも血液・尿・便検査その他あらゆる検査をしましたが、何も出ず。。。

 

 

 

 

 

3週間目、頭痛と発熱があまりにも長引いているので大きな病院に行って検査をすることになりました。

 

 

結果はすべてマイナス

 

 

もうどうすることもできません。

 

 

熱が下がってくれるのを祈るだけ。。。

 

 

 

 

 

私も毎日、午前中は熱の出ている子どもを家において仕事に、午後から病院巡り、夕方から習い事の送迎とハードな一日を送っていたので、だんだんやせ細っていきました。

 

 

 

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体裁ばかり気にする元旦那

 

体力も精神力もなくなってきている私に、元旦那は。。。

 

 

いつまで学校をやすませてるんだ!!!引っ張ってでも学校につれていけ!!!

 

 

下の子たちも休むようになるだろうが!!!

 

 

 

 

このような心ない言葉を頭痛で苦しんでいる子どもの前で平気で言うのです。

 

 

 

 

何も期待していなかった元旦那ですが、すごく苦しんでいる子どものことをこのように言うなんて。。。

 

 

少しずつ離婚という言葉が私の中で芽生えてきました。

 

 

 

 

スクールカウンセラーとの面談を希望し、担任も同席してもらいました。

 

 

子どものこと、私たち夫婦の関係、病院の医師の見解、いろいろ相談しました。

 

 

カウンセラーの先生から「病状がよくなり体力が戻るまで、ゆっくり焦らず学校に来れるようになるのを待ちましょう」と言っていただき、私はスッキリしました。

 

 

 

 

その後、いつも場面緘黙症で受診している大学病院の先生に相談しようと予約を取り、受診の日を待っていました。

 

 

するとだんだん緘黙っ子の熱が下がっていき、だんだん食欲も出てきました。

 

 

 

 

次の日、学校に行けるかな?と思い、朝の支度をさせ、玄関まで行くと吐き気が止まらず、その日は学校に行くことが出来ませんでした。

 

 

 

引っ張ってでも連れて行け!!!

 

 

また、自分勝手な発言です。

 

 

体裁ばかり気にする人だったので、恐らく不登校の子どもが家にいると思われたくなかったのでしょう。

 

 

 

 

 

頭痛はまだ少しありますが熱は下がったので子どもと「熱は下がったんだから、もう学校に行けるよ。登校班で行くのが難しいなら明日は一緒に車で行きましょうね」と話をし、納得してもらいました。

 

 

 

 

 

次の日も玄関で吐き気が止まりませんでした。

 

 

もうこれは精神的なものだと思いましたが、引っ張って連れて行くのではなく納得して一緒に行くことにしました。

 

 

 

 

泣いたり、吐き気がしたり、頭痛もしていましたが、薬を飲ませて、頑張っていこう!と励ましながら、一時間目の終わるころ一緒に登校しました。

 

 

 

 

今まで力のない目をしていましたが、学校に着くと目力が入り、一カ月前に学校に行けていた時と同じ顔つきになりました。

 

 

スイッチが入ったから大丈夫!と思い、登校支援の先生に子どもを預け私は仕事に行きました。

 

 

 

 

それから休まず学校へ毎日行きました。

 

 

 

 

大学病院の受診時にそのことを伝えると「心身症」だったのであろうと。。。

 

 

病名がつき少しほっとしました。

 

 

 

 

 

 

この間、すべて私一人でやっていました。

 

 

元旦那は文句を言っていただけです(元旦那はモラハラ体質です)。

 

 

一度も病院に自分が連れて行こうなど言わず、他の子どもの習い事の送迎も、家事も何もかも、かかわることなく、私がするのが当たり前のように生活していました。

 

 

私の両親からはこの間、何度か大丈夫か?と連絡があったのですが、元旦那の両親からは全く連絡はありませんでした。

 

 

元旦那が話していなかったのか、子どものことに興味がなかったのか。。。わかりません。

 

 

私たちの関係は完全に修復不可能になりました。

 

 

 

 

 

(担任は、ほぼ毎日子どもの顔を見に家に来てくれました。どうしても来られない時は電話をくれました。今でもとっても感謝しています☆)

 

 

 

離婚体験記まだまだ続きます。

次はちょっと話が変わって離婚準備編

 

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