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モラハラ旦那が無職になった!離婚までに妻が家族のためにしたことは何?

 
旦那が無職 モラハラ
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わけあって離婚。40代半ばでシングルマザーになりました。 未成年の子供が3人。育ち盛り、食べ盛りで家計は火の車! パートの収入8万円では、全く足らず。。。 何とかなるの?これからどうするの?と思い、 誰かに報告、連絡、相談の【ほうれんそう】をしたくて、ブログをはじめました。 よろしくお願いいたします。

モラハラ離婚体験談【父親が親権編】

 

こんにちは!しんママ☆りんごです

 

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前回

家族を養うために働くも、親権が父親になってしまった

みかんさん(仮名)の

モラ夫との離婚への話し合いについての体験談をご紹介しました。

 

 

今回は、

ある日モラ夫が無職になった時、自分はどんな状態だったのか?

ということを、詳しくお話していただきました。

 

この記事を読むと、

モラハラ主夫になったモラ夫と妻の 行動や気持ちがよく分かります。

 

モラ夫が無職になった奥様は参考にしてくださいね☆

 

 

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ある日旦那が無職になった。離婚まで私は何をしたのか?

結婚生活10年目にして、5年間、モラ夫が働かなくなりました。
どうしてなのか?と、全く理解に苦しみながら、3人の子どもたちを食べさせる為、私は地獄の様な激務を続けていました。
離婚までの約5年間の生活を語ります。
あなたは私の体験談を参考にして、幸せになって下さい!

1.妊娠中旦那が無職に!

モラハラ夫

 

私とモラ夫は、

長年 地方で小さな広告代理店を営なみ、地方誌を出版していました。

 

社員やアルバイトを雇うくらい繁盛していました。

その収入絶頂の時に 

急に顧客が離れていき、収入は半分以下まで落ち込みました。

 

その理由は、

大手広告代理店の地方進出でした。

 

数年は奮闘したものの、

やはり同じ紙媒体で勝負できる訳もなく、私達の会社は廃業に追い込まれました。

 

私はこのままではいけない!家族が路頭に迷ってしまう。。。

と、すぐに知り合いを頼り 

デザイナーとして広告代理店にアルバイトとして入りました。

 

その時、私は次男を妊娠中でした。

 

通勤は夫が車で送ってくれました。

 

しかし、

日中仕事を探している気配はありません。

 

一日中パソコンで投資をやるようになり、

時々家電を買ってくれたので

儲かっているんだな。。。と思って

仕事を探していないことに目を瞑っていました。

 

ちょうどこのころ、

地元の大手印刷会社から、

旅行の単行本を作ってくれないか?という依頼がきました。

 

私とモラ夫は、

その本のゴーストライターをすることになりました。

 

家族旅行のような楽しい取材でした。

収入が安定すると、

モラ夫は子どもたちに様々な習い事をさせました。

 

数年して長女が生まれ、

幸せいっぱいの時、仕事が急に途絶えました。

収入が無いのに、

夫は以前と変わらず子どもたちを習い事に通わせます。

 

 

月謝は月に10万円以上かかり、

家計を圧迫しました。

 

しばらくは貯金を取り崩していたようです。

その貯金も底をついたようでした。

 

 

私はモラ夫に内緒で仕事を探し、

日中は時給の良い派遣、夜間は飲食店。。。

と、寝る間も惜しんで働きました。

 

はじめは日中だけ働いていましたが、

不眠症になってしまい、

どうせ寝れないのなら 時間ももったいないし働こう!

。。。と、テンション高くなって働きまくりました。

 

 

後で知りましたが、

不眠症は

「不安による鬱の典型的な初期症状の一つ」

だったのです。

 

平日は丸一日仕事でした。

さすがに土日祝日は子どもたちと一緒にいたかったので

職場にお休みをもらっていました。

 

モラ夫はというと、

子どもたちの送迎以外は家で寝ていました。

 

 

夕方は習い事の送迎、週末は大会の送迎。。。そういう時間の使い方でした。

 

モラ夫は履歴書を書いたり、面接に行ったり、形だけ仕事を見つけてはいました。

 

しかし、

「ダメだって。なんか大手の会社のOB会みたいな会社だったよ。」

「あんな仕事受けたら、週末大会に行けないじゃないか!」

。。。など、文句ばかりで、せっかくの知り合いの仕事の依頼を勝手に断ったりしていました。

 

2.旦那が無職なのは保育園に内緒

 

毎日言い訳ばかりのモラ夫に呆れていました。

 

 

しかし、

一番下の子も保育園へ入れたし、

元々所得の少ない自営業として入園したので保育料も安く、私が頑張って働くしかないと思いました。

 

 

同時に、何とかこの状況を変えなければと、

まず私が両親の相続で買った家を 家族のために売却しようと思い

決心して家を売却しました。

 

3.旦那が無職で私の扶養に入る

無職の旦那

 

とにかく給料がいい正社員にならないと生活できないので、色んな転職サイトに登録しました。

 

そこで、

男性ばかりの職場で、男女問わず給料の良い会社に運良く入社できました。

 

 

たまに休日出勤はあるものの、

振替休日は取れるし、

給料も30万円近くと好条件だと思いました。

 

 

契約社員でしたが、

ほとんど二年目に正社員になれるとのことでした。

 

 

 

総務の人に言うのは恥ずかしかったですが

モラ夫を扶養に入れました。

 

子どもたちには、まさか父親が無職だと悟られてはいけないと思い、

「お父さんは、みんなが寝ている間に仕事をしてるんだよ」

。。。と、嘘をついていました。

 

 

子どもの口から保育園にバレたら、

退園になるかもしれないと思ったからです。

 

モラ夫は引っ越した後、仕事も探さず、日中ゴロゴロしているだけでした。

 

私が入社した会社はストレスが溜まる会社でした。

たびたび

歓送迎会があるくらい、辞める人が多い会社でした。

 

突然隣の席の人がいなくなったり。。。

 

自分の経験が活かせ、人との触れ合いもあり、仕事内容は楽しかったのですが、

仕事のできない上司から嫌われて毎日パワハラを受けていました。

 

 

ある日、

全身に蕁麻疹ができ、会社を休んでしまいました。

 

営業だったので、

顔に蕁麻疹が出てしまった状態では仕事にはなりません。

さすがに体の異変に気付き、心療科を訪ねると、

「酷い鬱だね。会社休まないと治らないよ。すぐ診断書を書いてあげるから!薬もちゃんと飲んでね。」

 

 

そうか、鬱だったんだ私。会社休めるんだ!

 

病名が付くと逆にホッとしました。

 

次の日上司に診断書を見せると、すぐ一ヶ月休んで良いと言われました。

 

休職した時ちょうど子どもが夏休みでした。

モラ夫は何を思ったのか旅行へ行こう!

。。。と、無理やり私を運転手に使い、またお金を払わせるためだけに、沖縄へ連れて行かされました。

4.モラハラ夫は妻がうつ病になったのに能天気

 

鬱で休んだ後に会社に戻ると、私の担当の仕事は他の人が代わりにしていました。

 

毎日出社してもあまり仕事もなく、

契約期間終了で更新される事はありませんでした。

 

 

すぐに派遣会社を訪ねて仕事をもらいました。

 

単発の仕事だったり、掛け持ちでしたり。。。

なんとか生活できるくらい 昼夜なく働きました。

 

でも、体も心もボロボロで、いつ自殺してもおかしくない精神状態でした。

 

 

休日も子どもたちの習い事へついて行けない日も増え、

勝手に涙が出てきたり、夜寝られなくなり、

一年で20キロも痩せてしまいました。

 

5.モラハラ夫と離婚したいと思ったとき

 

離婚を決意したのは、私に対して気持ちが何もないことが分かった時でした。

 

 

誕生日やホワイトデーのプレゼントは欲しいわけではなかったですが

何か私を喜ばせようとする気持ち。。。これが全くなくなりました。

 

 

物じゃなくてもいいんです。

いつもありがとう。。。とモラ夫からの優しさが欲しかった。

こんなに家族のために身を粉にして働いているのに。。。

 

 

子どもが生まれる前は、

毎年結婚記念日に、結婚式のビデオを観て、蝋燭に火を灯し、外でデートしていました。

 

もう、そういう時って戻ってこないんだな。。。

と思うと涙が止まりませんでした。

 

 

うつ病になるくらい

いっぱいいっぱいの状況で働いているのに

感謝も何もないんです。。。

 

ただ、一言

ありがとう。。。

という言葉が欲しかった。。。

 

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まとめ

5年という月日は離婚までに長過ぎました。

もっと早く決断するべきだったと後悔しています。

 

私は両親が既に他界しており、

頼れる人や場所が全くなかったので、自分が壊れるまで頑張ってしまいました。

 

不眠症になった時点で、離婚を切り出せば良かったです。

 

離婚決断後、やっと絞り出すように、

 

「仕事したら?無職で恥ずかしくないの?」

 

と聞けました。モラ夫の答えは、

「俺はサラリーマン向いてないの!雇われるなんて無理。自営業しかできない。」

 

。。。と。

 

思った通り、仕事を探しているふりを何年もしていたのです。

うすうす気づいてはいましたが、

もっと早く問いただせば良かったです。

 

モラ夫を追い詰めてもいけない。。。

と、気を遣ったことが裏目に出ました。

 

 

何年も仕事を探している人は二度と仕事に就く気はありません。

なんだかんだと言い訳をして

無職を楽しんでいるんです。

 

離婚するのに時間がかかってしまいましたが

離婚できて、モラ夫にかかわらなくてよくなったことが

一番の幸せです。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

家族のために一生懸命働いている姿を見ても

ありがとう。。。

の一言も言えないモラ夫。

 

それどころか、

モラ夫が無職の時間を満喫した結果

みかんさんの心と体はボロボロになっていきました。

 

モラ夫の無職の5年間

みかんさんはよく耐えました。

 

もしあなたのモラハラ夫が無職になったら

みかんさんほど働けますか?

頑張れますか?

 

家族が一緒にいることが 絶対にプラスになるとは限りません。

 

足を引っ張る人がいる場合

進む道が違う人がいる場合。。。など

その人はあなたにとって マイナスになるかもしれません。

 

その状況にあなたは一生我慢できますか?

 

いいえ、

もっと明るい未来があるはずです。

 

明るい未来へ行ける選択をしてください。

 

幸せになれると思います。

一緒に幸せになりましょう☆

(∩´∀`)∩

 

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